幻影と真我の中で「ラーラ茨城」

ラーラとは、サンスクリッド語の 「頭頂の千弁のチャクラ(サハスラーラ)」の略称です。

感覚の不思議さ


ドラッグストアやスーパーで、
たまたま同じ炭酸水のペットボトルが、
とても安かったので、いくつか買い置きしました。

一本目は飲みやすくおいしく感じたのですが、
二本目を飲んだときは、
にがみしか感じられず果汁で割って味を変えました。

昨日も、水分をとろうと思って、
その炭酸水を開けたのですが、
ものすごく苦くてコップに開けた分しか飲めず、
ふたをしてそのままにしておいて、
今日、この記事を書きながら、残りを飲み始めたら、
ものすごくおいしくて、ほとんど飲み切っている状態です。

この違いは何?と思いながら、飲み干すわけですが。

これと同じ体験をしたことがありまして。
それはコーヒーなんですが。

私は貧血気味のため、鉄剤を摂ることがあり、
そうすると、味覚が変わるのです。
コーヒーがまずくて飲めなくなるんですね。
で、鉄剤を飲まなくなると、
これ以上にないくらいおいしくコーヒーを飲めるのです。

味覚の不思議をちょっと書いてみました。

最初、このことを記事しようとしたときは、
舌の不思議さを書こうとしたんですね。
舌の作りの不思議さ、
味覚の種類について、
そして、人によって味覚の感じ方の違い等々・・。
感覚によって人は騙されている、
という、簡単な例えを書いてみたかったのですが。
私の経験から言えば、こんな感じでしょうかね。

前回のセミナーの食事会の時に、
ブログに書くことは、
趣味のことなど何でも書いたらいいんだよ、
気負わなくていいんだよ、
というようなことを
先生から言われていました。

でも、私としては、
あれだけの内容の記事に繋がっていると思うと、
そう簡単なことは書けない、
躊躇する気持ちを持っちゃうんですよね。
でも、やっぱり、ついつい書いちゃうんですよね。
それがいいのかどうかはわからないと思うのは、
エゴの持つ感覚の判断なんでしょうね。

見る者が見れば、
どうしてそうなるのかはわかるんでしょう。
そして、わからない者はわからず、
同じようなことを何度も何度も続ける。
それが正しいと信じながら。
いやいや、正しいと思えなくても、
それをするしかない状態。。。

おいしいお水と思って飲み始めても
やたら苦かった、ということも同じように、
おいしい、苦いというその感覚を、
疑うべきなのか、信じるべきなのか。
その答えは、どこにあるのか。

そういうことも探さなくてもいいということを、
納得できるように教えていただけます。


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いつかその風を、


少し前に高校生が話をしていたのが聞こえたのですが、
その子はバイトをしているらしく、
「働いているんだから」好きなようにお金を使いたい。
でも親に言われているのは、
「働いているんだから」大事にお金を使ってほしい。
というような話でした。
同じ言葉であっても意味合いが違ってくるということに、
たまたま、思い当たることがあり、
内心うなってしまっていたのですが、
両者の理解の溝は埋まったのかどうかはわからないし、
どうでもいいことなんだけど、
それは、私の生活の中にもあるので、
耳に引っかかり、気にして考えたりするのだろうと。

磁石のように、私の興味のあること、
悩んでいることが集まってきてしまうというか、
集めているというか。

それをどう断ち切ったらいいのか、
自分自身の心の思いを止めてみるってどういうことなのか。

風をみよ
という先生の記事がありましたが、
その記事の意味を私なりに考えると、
止めたいという風に逆らう力を持ちなさい、
ということではなく、
風を感じない風車ではないのです。
照明器具のスイッチを切れば暗くなるように、
風車を止める電源を知ることができるのです。
そうすれば、風車は、
風を感じても動く必要がないことを知るのです。

最初に、この詩を読んだときに、
風の心地よさを、空気感を感じることは、
その風に流されたくなってしまいそうだな、
なんて思ったりしました。
風車は回らないと仕事にならないのでは、とかね。

風に動かされることなく風をみるってどういうことなのか。
知りたいと思いませんか?

私自身が、動く必要がなくなると達観できるまでは、
まだまだ、まだまだ、まだまだかなと思います。
いつかその風を、
疎むことなく、
涙しながら、笑いながら、感謝しながら、
静かな境地で臨める日が来るのでしょう。



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2月のセミナー


下の文章は日浦先生に加筆いただいております。

昨日は、日浦先生のセミナーがあり、
私も参加してきました。
セミナーの内容は、真理を伝えるということのむつかしさを、
感じさせられ、考えさせられました。

ブッダの弟子ではない人、
今でいうならファン程度の人が、
他宗の偶像崇拝を排撃したため、
仏教も排撃を受けることに
なったなどなど。
真理を知らないものが、
起こす間違いには
恐ろしさを感じます。

セミナー後の食事会のとき受講生たちが、
先生を質問攻め
にするのですが、
今回も快くお答えくださいました。

宇宙人についての質問があり、(誰の質問でしょう?(笑))
先生の長い説明の中では、
宇宙人も二元性の世界の話であり、
皆さんもその教えを受けたのだから、
一元性の世界に入り、
自分で知りなさい、自分で見なさい、
とおっしゃっていたと
理解させていただきました。

もし、真理を二元性での理解で留めているならば、
宇宙人に
ついての具体的な描写的についての
説明などを始めるのかも
しれません。
しかし、先生は人と時を見るというのか、今回の質問には、
簡単に一元性の世界を知りなさい、ということではなく、
いろんなたとえ話を交えながら、
受講生がどれほど高い
教えをいただいているのか、
噛んで含むように語って
くれました。

自分の過去世を知らないからと言って、
他人に聞くことは
愚かだと言われ、
同じく宇宙人について聞くことも愚かだ
とおっしゃいました。
なぜ愚かなのか、という説明においては、
自分が直接知覚
できることを、
それをせずに他人に依存するから騙される
のだと仰いました。

私は感心しすぎてしまい、大した理解ができている
わけでもないのに、すごすぎる、
としか言いようが
ありませんでした。

正直、馬の耳に念仏以上のことが起こったわけですが、
それもエゴの範疇の理解になります。
心とは、素粒子レベルの精妙な世界だと教わり、
簡単に観察できないことを教えられましたが、悟ったなら、
素粒子よりも精妙なものを知覚できるのだから、
物理学者が
知らないビッグバンの謎も
自分自身が知ることになるのだと
言われました。
また身体内部を原子レベルで観ることができる
ので、
世界最高峰の医者でも知らないことを知ることができる
ともおっしゃいました。

こうしたお茶会でも、受講生は先生からの光を受け、
私も大変な影響を受けているのでしょう。
それを見ることも
感じることも現在できない私ですが、
何度も何度も先生のお話を
伺ううちに、
きっと、驚くような境地が現れてくるのだろうと
思われます。

本当にいつも素晴らしい教えをありがとうございます。





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